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 エベレストも地上も

空へ―「悪夢のエヴェレスト」1996年5月10日 (ヤマケイ文庫)

自分が本当に求めているものは、あとに残してきたもののなかにあったのだ、ということを発見するために、こんなに遠くまではるばるやってきたのだろうか(ホーンバイン『エベレスト 西稜』)

自分自身は小学校の遠足登山しか経験がないし、運動は苦手なのだが、山岳系の小説を読むのは好きだ。俗世のごたごたから遠ざかった、純化された世界が好きなのかもしれない。漫画の『岳』も子供と読んだ。
今日は、時間つぶしで買ったクラカワー『空へ』という、1996年のエベレスト大量遭難の実話のドキュメンタリーを読んだ(日本人女性も一名亡くなっている)。フィクションであれば、そこに描かれるのは友情や、勇気や、自己犠牲や、自然の驚異や、命への崇敬なのだろう。命の大切さを実感することで、自分の健康・闘病(?)に役立てよう、などという私のご都合主義的な動機も、無意識的にちょっとはあったかもしれない。だがそれは打ち砕かれた。それでいて大いに役に立ったとも言える。
感傷的な要素がこれっぽっちもなく、誰がどうした、という可能な限り細かい情報だけでこの本は埋め尽くされている。だからこそリアルで身近な怖さがあった。筆者は各自の性格を見抜いていて、俗悪さなどの心理分析も秀逸だが、そこに怒りは無い。雑誌記者としての参加だったので、情熱やヒロイズムによる参加者とは一線を画していた。
かつては超人的な信念と技術をもった自覚的なクライマーが中心だったが、この頃から、一人6~7万ドル出せば素人でもエベレストに登頂できる、という登山ビジネスが活発化する。そうした商業登山のグループが複数かち合うと、とんでもないトラブルが続出する。8000mの高度では気圧が1/3となり、正常な思考能力が失われる。頑強なガイドやシェルパたちも酷使され、心身消耗し尽くす。誰ひとりとして正常ではない。「大金を払ったから」「相手が専門家だから」「みんなが向かっているから」といった理由で「他人」に安易に命を預けることが、いかに恐ろしいことか、という教訓がここから得られる。第四キャンプのわずか1~200mそばまで来ながら、吹雪の中感覚を失って集団でさまよい続け、次々と脱落者を出す場面はその典型だ。
危機にあって生き残れるのは、健康なからだを持っていた人間、かつ、最後まで自分の「常識」を保てた人間だろう。ほんとのヒーローは、頂上150m前まで来ながら、体調の悪さを自覚して引き返した者たちかもしれない。予定時刻を過ぎながらも、「せっかくだから」「こんどこそは」「立つ瀬がないから」などの理由で頂上に上った者は、だいたい帰り道で遭難する。
平地での病気も同じことだな、と思った。高級な牛肉を買ったからといって安全ではないし、医者や教授が勧める健康法だからといって正しいわけでもない。みんなが爪もみ健康法をしているからといって、それで助かるわけでもない。自分の身体と対話して、自分の常識で判断しなければ生き残れない。もちろん都市生活の日常のなかでは滑落したり凍死したりする危険はないけれど、長期的な時間持続をもって生活習慣病が進行し、やはり身体は大きな危険に脅かされる。山上のどの事故も、天候という不可避の要素と(だが予測が不可能なわけではない)、人間のコンディションや、判断や、判断の狂いが合わさって起きる複合的なものだ。コンディションや判断とて、これまでの人生で培ってきたものの総体であるのだから、いってみれば、全てが起こるべくして起きる(安易な運命論という意味ではない)。病気も同じことだ。

思い出した。同僚のひとりがインド出張中に、風邪をこじらせて肺炎を起こして倒れてしまった。文字通り「倒れ」、誰にも介抱されないままに半日を過ごした。たまたま知人に会って病院に運んでもらったが、外国人は保険形態が異なって「面倒」なので、病院の軒先の担架で、さらに半日ほど放置された。やっと力のある現地の友人が病院に働きかけて治療を受けることができて一命を取り留めた。治療があと数時間遅れたら死んでいましたよ、と医者から言われたそうだ。そもそも、肌寒かったにもかかわらず、「春」のインドは暑いはずだからと薄着をしていたこと、つい面倒でシャワーしか浴びず、入浴で全身を温める習慣を放棄したこと・・・日本ではなんでもない、そういうことすべてが致命傷になって肺炎に至ってしまった、と後で同僚は話していた。わずかな免疫力、わずかな体温の差が、命を分かつことがあるのだと、つくづく悟ったのだそうだ。そういえば、私も-25度のフィンランドに行ったとき、息子が熱を出してぶっ倒れ、結局1週間ホテルに篭って過ごしたなあ。
・・・といいながら、寝るべき深夜にこんなブログを書いてる私って・・・
岳 (1) (ビッグコミックス)