ergo sum

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中世の死

『異端審問』の本を待合室で読む。フスの死に際の台詞がかっこいい。アリエスによれば、中世においては現代よりも死が身近だったという。だからだろう、頭領たちは社会を告発しながら火刑台上で雄々しく死んでいけた。―――一般にこういうブラックな話題は大好きなはずなので、楽しく読めると思っていたのだが、なんとなくいやな気分だ。つい自分の病気のことと照らし合わせてしまうのだ。
それにしても、と思った。ヨーロッパ中世は(あるいは20世紀の諸戦争は)、「がん」でもない何千人という人々を政治的・宗教的な理由でばんばん焼き殺していたんだなあ。もったいないなあ。ステージIVでも腫瘍径10センチでもHer2強陽性でもないのになあ。あるいは、焼き殺された人たちのなかには体の中に5mmや10mmの小さながんを持つ人もいたかもしれないが、もうそんなことはどうでもいいくらいに、もっと社会的な理由で、バサバサと人が殺されていったんだなあ。直径10mmで転移のないステージⅠの場合の10年生存率は93%だが、化学療法とホルモン療法を併用すると数%数値があがる、ただし異型度やグレードやリンパ侵襲の有無などによって数値が変化…など微小なことを考えていた昨日が虚しくなるような話だ。
なお昨日読んだ国立がんセンターのサイトによれば、骨肉種にかかった恐竜の化石などが残っているので、大昔からがんはあったそうだ。現代病とばかりはいえないのかもしれない。恐竜であれ、爬虫類であれ、生きるうえでのストレスは必ずあったわけだから、がんもあった。そう考えればわかりやすい。