ergo sum

健康ブログであるような、ないような

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 ネットで調べる

最近職場の人から「痩せましたね」といわれる。一般に「がんになると痩せる」と言われているので、かねがね「がんになってげっそり痩せたいものだ」と思っていたのだが、実際にそうなって、そのように言われてもあまりうれしくない。
今日は病院で細胞診の結果を聞く日だ。T病院は家から近い総合病院で、出産とのきにお世話になったので、比較的気に入っている。一方日本乳がん学会が認定病院として指定していたのは市内に一箇所のL病院だけ。最初はそこに行こうと思ったのだが、HPをみるとピンとこない。試しに外科医リストの一番上の医局長という、一番偉そうな人の名前をクリックしたら、ふんぞりかえった医師の大きな写真とZ市立大学卒の肩書き。そうか、この程度の俗っぽい男が医局長か。それにZ市立大って…医者の出身校としてはあまり信頼できなかった。そんなわけで、Z市立大学閥よりはK大学閥のほうがまだましだろう、ということでT病院を選んだのである。
病院に行く前にネットでいろいろと調べてみた。県内で乳がんの専門医として学会・講演などで活躍しているのはだいたい10から20人。いつも同じような医者の名前があがってくる。Aさんという人はすごく学会好きらしく、いろいろなシンポジウムで演説している。こういう人はあまり患者を診ないかもしれない、と思った。それでも研究熱心で悪いことはない。日本乳がん学会の認定医のリストを見た。そこにT病院のT先生の名前がなかった。あれ?たしか数日前に「名前」でググったときには2003年頃の認定医としてT先生の名前が出てきたのに。今はないということは、除名されたのか。あまりに論文数が少なくて今年は認定してもらえなかったのか。まさか怠慢すぎるとか。医療ミスをしたとか。
まさに病院に行って入院を決める直前だったので、少しパニックになった。こんなことならがんセンターなどを選ぶべきだったのではないか。がんという命に関わる問題なのに、そしてベストの選択をする力をもっていたはずなのに、ベストの選択をしなかったことが突然悔やまれた。あたふたして最寄の市民病院に駆け込むなんて、そのへんの老人と同じではないか。最低限度の医療レベルしか享受できないことになるのではないか。そのつけを私は寿命の短縮というかたちで支払ってしまうのではないか…
車が車庫からうまく出せず、隣にぶつけそうになった。
16時15分頃病院に着いて、待っていた。本などを読む気分ではない。物語の内容に集中などできない。そんな架空の物語などどうでもいい。私としては珍しくなにもせずに待っていた。普段なら電子辞書片手に本やら校正やらいろいろ作業をしているのに。待合室でただぼーっと待っている老人たちを、虚しい人だと軽蔑していたのに。
午後は乳腺外来の予約者だけだったから、16時20分に診察室に入って50分に出てきたYさんと呼ばれた女の人も同じ病気だろう。「3分間診療」というわりには30分間もかかっている。なにか複雑な検査でも受けているのだろうか。
その人が出てきて、私の番になった。23日の細胞診の結果、malignant classはV。つまり明らかにがん。N0とT1なので、カテゴリーIとのこと。「その場合の10年後生存率は93%で、まあこの表は少し古いデータなので最近はもっとよくなってますが、それでも20人に一人は10年後に亡くなる可能性もあるということで…(それはむしろ付け加えないでいいよ…)」。自分には職業柄ものを調べたり、考えすぎたりする癖があるのだが、と断ってから、聞きたいことを聞いた。
「こちらでは日本乳癌学会のガイドラインなどに沿った標準的な治療は受けられると考えてよいのですね? それで、自分の安心のための質問なのですが―― この年齢やこの症状で、こちらで今の日程で標準的な治療を受けるのと、それとも乳癌認定医などのいるがんセンターなどの最先端の研究や治療をしているところに、ただし一ヶ月先くらいになるでしょうからそのリスクを背負ってまで、行くことと――再発率がどちらがより低いかという観点から、どちらを選択すべきなのでしょうか。」
「私も認定医ですよ?(あれ?)どちらにいくかは好みの問題ですね。最先端の技術、たとえばセンチネルリンパ生検などを希望される場合はそれはここではできません。それ以外は、ここでも、そういうところにいってもやることはだいたい同じですよ」
やることは同じであっても、それが心臓外科のようにやる人の技術によって結果が違うものなのかどうか、も聞くべきであったが、まあ、乳がんについては治療自体は簡単な病気なので、あまり違わないだろう、という昨日の予測だったので、黙っていた。不必要に先生を侮蔑しない方がよいだろうし。
「それからお正月には触っても何も感じなかったので、もしかしたら進行の早いタイプのHER2陽性かもしれないと思っているのですが、そういう検査やハーセプチンの治療はいかがお考えでしょうか」
「ハーセプテストはルーチーンの中に組み込まれているのでやります。ハーセプチンは――ご希望があれば考えますが」
「とにかく再発率をなんとしても下げる、ということを優先に考えていきたいのですが。費用とか、美容とか、そういうのは二の次で…」(私を励ますつもりなのだろうか、後ろで看護婦さんがうんうんとうなづいている。乳房とか女性の象徴とかに拘らない患者を、看護婦さんは好むようだ)
「まあ人によって結果が違うということでもないんですが。わかりました。ご希望の治療法などがあればこれからもおっしゃってください」
会話の間先生はなんども掛け時計を見ている。予定があるのだろう。だから早く話が打ち切られるのかと思ったが、そうでもなく、口調がぞんざいになったり、「ま、大丈夫ですから」とはったりをかまして終わらせることもなく、また同じ調子で説明を続けてくれた。結局診察室を出たのは5時20分。正味30分間で、ちょうど前の人と同じだった。用事もあっただろうが、もしかしたら30分で説明を終わらせるような時間配分のために時計を見ていたのかもしれない、と思わされた。とりあえずは誠実な人なのかもしれない。こちらもこちらで、「時計を見るな、腹が立つ」と言うことを我慢して、「お忙しいのにたいへん申し訳ありません」を繰り返して、下手に振舞ったため、結果的に心象を損ねることはなかったようだ。
帰宅してもう一度ネットにアクセスする。落ち着いてよくみたら、「2004年10月5日広告できる「乳腺専門医」が認可されたことを受け、新制度の「乳腺専門医」を公開いたします」とある。リストに載っているのは新制度で再登録した「乳腺専門医」だけだったのだ。T先生、少なくとも詐称ではなかったようで、ちょっとほっとした。ごめんなさい、勝手に疑って。後日調べたところによると、学会のみとめた「乳腺専門医」はごくわずか。その次のランクとして「乳腺認定医」がある。だから「乳腺専門医」といっても、前述の意味と、乳腺を専門とする医者という広い意味とがあるので、注意しないといけない。
結局T病院で手術することが決まった。大病院の有名専門医のところにいくと、たくさんの患者が来ているから、その先生の診察を受けてから手術にいたるまで長い時間がかかるだろう。それよりは市民病院の標準的な治療で、少しでも早い手術の方がいいだろう。乳がんは、罹る側にとってはつらい病気だが、治療する側にとっては比較的簡単な病気だ。外側の、目に見えるような部分を切除して、おきまりの薬剤をあたえておけばいいのだから(そんなの僕でもできる、と夫が豪語していた)。私は技術や名声や学会の評価ではなく、「時間」を選択したのだと考えればいい。なぜならば乳がんは発生初期から全身に広がり続ける全身病だからだ。比較的年齢も低くてがんの広がりが早い可能性があることを考えれば、時間は重要だ。少なくとも市民病院を選んだことを後悔してそれをストレス因にすることはやめよう、と決めた。