ergo sum

健康ブログであるような、ないような

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 当日のこと

父とはすっきりしたかたちで別れられたように思う。だが死〜葬儀というのはスピリチャルな体験どころか、明白なビジネスなのだなあと実感させられた。おかげであまり感傷的にならなかった。少しずつ時系列でまとめてみる。


父はしばらく自宅で悠々自適の生活を送っていた。7月頃から固形食が取りにくくなったが、エンシュア・リキッドという缶に入ったどろどろの栄養剤を飲んでいた。ケアマネが訪問看護を手配して点滴もやってもらっていた(家族がいなくても独居老人の自宅療養はどうにかなるものだと実感した)。息苦しく感じたので、8月半ばにいったん地元のJ病院に入院する。
栄養というよりは痛み止めという観点で入院は必要だったかもしれない。自宅療養で自力で摂取可能な痛み止めは座薬が一番効くらしいが、父は座薬を頑なに拒んだため、気休めのドロップしかもらえない。入院すれば麻薬を使えるのでかなり楽になったようだ。その副作用として意識が朦朧とすることはあったが、せん妄とまではいかず、私が行ったときは普通の状態で、本人は「明日退院する」つもりでいた。この様子ならばもうしばらく大丈夫だろうと思っていた。
が、火曜の昼頃に病棟から電話があって、血圧と呼吸が下がってきて酸素吸入10Lを行っているとのこと。それは危ない状態なのかと聞くと、意識はあるし、すぐということではないが…という返事だったので、弟にメールして週末にでも行こうと話していた。
ところが同日の夕方に再度電話があって、「脈拍がゼロになりました」と伝えられた。仕事の真っ最中だったこともあって意味がよくわからず、「えと、それはどういうことですか。何か処置をしているのですか」と尋ねたら、「ご本人がそういった処置は望まれませんでしたから」との答えが返ってきた。つまり死んだので、夜遅くてもよいのですぐに来てほしいとのことだった。(病院としては、支払いよりも何よりも、早く遺体を引き取ってほしい。J病院は冷蔵室も霊安室もないので、亡くなった病室に強い冷房をかけてそのまま安置していた。夏はたいへんだ)
弟に連絡して駆けつけた。21時頃に弟が先に病院に到着したのだが、こういうときは遺族と死者を水入らずで対面させてやる配慮らしく、夜中に遺体と二人きりで残された弟は「怖すぎる」と私にメールして、ロビーに下りて私の到着を待っていた。二人で病室に入る。父の顔は比較的きれいだったと思う。以前葬儀に出席したときの胃がんで死んだ友人の骸骨のような遺顔と比べたら、痩せこけてもおらず、表情も穏やかで、顎のリンパの腫れも消えていた。死ぬ直前の顎呼吸のせいだろう、口を閉めるべく顎にバンドが巻かれていた。(なお葬儀当日には顎が閉まり、わずかだけ口が開いている感じになったので、ちょうど微笑しているように見えた。いつも外面だけは良くておしゃれな人間だったので、最後の姿もうまく決まってよかったね、と思った。)
看護師によれば、前日までは全て普通の状態で、この日突然状態が悪くなったらしい。結局は食道のがんや転移が直接の死因ではなく、自然な全身状態の悪化による肺炎で死んだ。がんは死因にならない、というのは本当だなあ。痛みや苦痛を人一倍嫌う人間だったから、スパゲッティ症候群や長い苦しみのないかたちで逝けたことはよかったと思う。痛いステントや胃ろうも使わずに済んだ。
ネットで見積もりをとっていた「追加料金なし」葬儀サービスに連絡すると、複数の地元業者から即座に電話が入った。よくわからないうちに病室に一人の業者が遺体を引き取りに来た。奪い去らんばかりに持ち運ぼうとするので、念のために、あなたは何社の誰で、どの斎場に運び、どの火葬場を予定しているのか、等を確認してみたところ、かなり怪しい。
彼は病院最寄のA市の二次下請け業者だったので、A市の斎場に運ぶつもりだという。しかし見積もりではB市の斎場になっているのでそちらにしたいというと、A市からB市への運搬には追加で3万5000円かかると言い出す。そんなこと書類に書いてないと主張し、本社と何度か電話でやりとりして(あたりまえだが)無料でB市に搬送させることにした。念のため火葬場もB市でいいですよね、と確認すると、いや、居住地はC市なので、C市以外では火葬場の割増料金が4万円かかる、一方でB市からC市の火葬場に運ぶ場合は移動料で3万5000円かかる、等言い出す。悲しみにくれて動転している一般の遺族ならばこのあたりで諦めて、言いなりになるのかもしれない。
(同様のサービスを使う人のためにアドバイスしておくと、その社では事前に申し出るとクレジットカード支払いができる。それにしておけば、追加支払いを避けやすくなる。逆にデフォルトの現金支払いにしてしまうと、最後に業者から多額の請求が来ることだろう。その時点で抗弁しても遅い。)
遺体を渡してしまったら、負けだ。
田舎の、話の通じない、愚鈍で、ねちっこくて、強欲な葬儀屋黒服オヤジとの交渉は不愉快だった。しかし負けてはおられぬ。営業マンの弟と私はビジネスライクに交渉を続け、最終的に予定とおりの内容で追加料金ゼロにさせた。
ネット会社はネットで集客だけを行い、現場では地元業者が好き勝手にやって儲けようとする構造なのが見え透いていた。
23時頃にようやく引渡しを完了し、病院裏口から搬送されていくのを見送る頃には疲労困憊しており、見送りの看護師と当直の医師の方がむしろしみじみと悲しみをかみしめてくれていた。
その晩は地元A市のホテルに泊まった。(続く)