ergo sum

健康ブログであるような、ないような

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 他人をフォローする

バレエ教室の先輩ががんになったらしい。更衣室でおもむろに話しだした。
「検査結果次第では、来週以降は来れないかもしれない。それどころじゃない」
専業主婦で子供は独立し、毎日午前中スイミング、午後はバレエ教室という絵に描いたような健康嗜好の女性だ。ショートカットの細身で、60才くらいだけど40才に見える。分刻みでスポーツセンターを移動し、その忙しさを聞くとびっくりする。自然食や健康トピックにもたいへん詳しいので、よく話をした。
私は自分の病歴のことは隠しているが、ここは何かフォローしてあげたいと思ったので言った。
「今なら医学が発達してるし、初期ならちゃんと治療すれば大丈夫ですよ」
「初期ならね。でも転移してる可能性も結構あるって」
生検はしたけどCTの結果待ちか、その逆かな?
「たくさん運動なさってて筋肉もついてるし、血流もいいから免疫強いですよ、きっと」
「血流いいと転移しやすいのよ」
「リンパ液は自分では動かないけど、運動してると循環がよくなって免疫上がりますよ」
「リンパからも転移するのよ」
「食生活にも気を使ってらっしゃるから…」
「知らないうちに農薬や添加物が入ってるかも」
「**さん、医学にもお詳しいから、きっとベストの治療が受けられますよ」
「いろいろ知ってると、かえって不安になるのよ。こないだマッサージ行ったのがいけなかったのか、とか…」


私が何を言っても、「でも」が帰ってくる。いやあ、医療リテラシーの高い他人をフォローするのはたいへんだ。「人生、気合だ」などと適当な理屈で自分自身を騙す方が、じつは遥かに簡単なのかもしれない。しかし彼女に悪意はなく、すごく不安なんだと思う。声もうわずっていた。
彼女は子供が二人とも医者なのが自慢だ。教室でも、子供の教育のこと、知人に華道の家元がいること、フルートを習っていること、毎日コンクールの裏事情などなど、ハイソな話題を提供している。バレエについても、*先生はワガノワ流でロシア留学していたとか、*先生は某バレエ団にいたとか、*先生はローザンヌにビデオ審査で落ちたとか、たいへん詳しい。しかしけっして嫌味ではなく、自然に皆に情報提供してくれるのでありがたい。私も入会したばかりの頃、いろいろなことを教えてもらって助かった。いわゆる、さらっとしたタイプの古参メンバーだ。
こういう人は、自分が上に立つときはたいへん親切で、余裕ある精神状態にある。しかしながら、自分がいったん弱者の立場に立つと急に弱くなるような気がする。いくら偉い知人がいようが、いくら子供が立派だろうが、自分自身は今、まぎれもなく健康を脅かされた、一介の弱い生き物にすぎない。その実感が彼女を苦しめているのだろう。
「そんな病気、どうにかなりますよ。治療受けるだけ受けて、あとは忘れるのが一番」と言ってあげたかったが、ここで言うとあまりに無責任に響くだろう。
かといって、「実は私も・・・」と遠山の金さんみたいに一肌脱いだとしても、彼女のような理性的な人は他人との共感をこれっぽっちも求めていないだろうし、「N0のあなたがN1の私に何をおっしゃるの?」って感じで病気面でも上位に立たれそうだから、無駄だろう。


捻挫をおして発表会に出たとか、ピルエットを習得するために家で100回転して、足から血が出た、などという熱血武勇伝を何度も拝聴し、彼女の根性を尊敬していた。でも、もしかしたら、そういう物語を作りたかっただけなのかな、と感じた。
そういう、自分の「物語」。
恵まれた家庭。
研鑽と努力の自己像。
教養。
優しさ。
根性。
「良いこと」すべて。


うーん。
そういうものは、体にちっとも役立たないんだよね。
むしろ頭から毛布をかぶって、むちゃくちゃな童謡を歌ってみるとか、
水溜りの泥を靴でぐちゃくちゃかき混ぜてみるとか、
そんな無駄なことのほうが、いいのかもしれないよ。
でも彼女のことだから、病気を契機に、「自分は特別だ」物語の第二章を紡ぎだすかもしれない。
それで気分転換になるなら、いいんだけどね。


それ以来彼女は教室には現れていない。