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 乳がん治療のダブルスタンダード:富者と貧者

閉経後乳がんの治療としてAI(アロマターゼ阻害剤)の効能が認められて久しいが、そこには大きな金銭的な問題がある。AIはタモキシフェン(ノルバデックスなど)に比べて割高であり、多くの国や患者がその治療を受けられていないのが現状だ。治療モデルによれば、AI が6.56ドルで、タモは1.33ドル、つまり4.93倍の価格となっている。AIとタモの価格差がもっと大きい国々も少なくない。ベルギー(6.4倍)、アルゼンチン(12倍)、英国(28倍)、ブラジル(36倍)など。
採用数が少ないために、その効果についての治験のデータもそれほど多くはなく、結局のところはタモ5年間という選択枝を選びがちだ。それを集合的に見た場合、ほんらい患者たちが効果的なAIを使うことに対して国庫が保険等で負担すべきであった金額を、乳幼児死亡率や高齢者ケアといった方面に流用できるのだから、国家にとっては財政的なメリットがある。
同じ乳がんに対しても、先進国と発展途上国が実質的に異なる治療法を行っているのが現状だ。そうなると、途上国の医師にとっては、先進国の治験報告や論文を読むこと自体がそもそも非現実的でばからしい行為になってしまうため、やがては先進国系の学会や研究への参加自体をしなくなることだろう。そして医者は、「自国の経済資源は限られており、できることしかできない」というところから出発するようになる。生命とか、治療とかいった理念とはほど遠く。各国が各国の政治的・経済的事情に応じた治療しか行わない、という国家ごとの蛸壺医療が促進されかねない。

以上は、オンラインで目についたベルギー人の医師Gaston Demontyの論文Treatment Guidelines for Adjuvant Breast Cancer are moving toward Double Standards : One for the Rich and one for the Poor 「乳がんの補助療法ガイドラインダブル・スタンダードへ向かう:金持ちと貧乏人の二極化」(Journal of Clinical Oncology誌2008年5月、原文はこちら)の筆者による抄録である。アロマターゼ系は費用がかかるので実施されない国が多い。そういう経済事情が治療の実態を作り出している。とりわけAIの対象になるのは閉経後、つまり高齢の女性が多いため、経済問題は深刻だ。そういえば日本でも、高齢者にはガイドライン通りの治療を受けさせまいとする不思議な圧力があることを常々感じていたが、ああ、そういうことだったんだ、と納得がいった。国が保険負担をしたくないのだ。無病再発率の向上といった理念からかけ離れて、財政的理由で物事を決めている、その点では日本の医療もきわめて後進的だ。